2013年6月15日 星期六

莫納魯道日遊記錄



新聞記事文庫 朝鮮・台湾・満州(2-006)
神戸又新日報 1912.9.9(大正1)

[台湾]理蕃事業の現状
大津蕃務総長の談

台湾総督府蕃務総長大津麟平氏は母堂の喪に丁り帰省中なりしが八日午前零時半京都より来神後藤旅館に投じ同日正午解覧の笠戸丸にて帰任の途に就けり氏は往訪の記者に語って曰く
頑強なる種族
五年計画を以て進行しつつある理蕃事業は既に年数に於ても其半に達し理蕃の成績に於ても亦半ば其目的を達したり即ち最近の調査に依れば生蕃の数十二万人を算し此内帰順蕃と目すべきもの約六万あり又頑強に抵抗する蕃人三万にして或は帰順を表し或は反抗する者亦三万あるが目下最も頑強獰猛なるはタイヤル蕃なりとす此種族は人口二万七八千ありて蕃界全体を通じて六百六十蕃社中の約四分の一に相当せり併しながら一種族一蕃社を為せるに非ず更に幾多の蕃社に別れつつありて我線外に出没するは一団三四百を出でず
延長百二十里
隘勇線は延長百二十里に渉りて絶えず対戦の状態に在り諒闇中なりとて討蕃事業を休止するに非ざるも特に謹慎の意を表し蕃界に対する積極的前進の策を取らず消極的に防禦工事を進めつつあるが渠等蕃人の出動を絶たざるを以て之に応戦するを余儀なくせらるる次第なり蕃界に於ては武器弾薬を製造する能わざるも領台以前に於て支那兵より物品交換によりて得たるもの尚多数残存し殊に支那兵撤退当事頗る多量の弾薬を遺せるものの如し而して弾薬銃丸の使用は頗る経済的にして竹業若くは岩角に潜み僅に一、二発を放つに過ぎずして我の数百発を乱射するの比に非ず蕃刀の如き自ら之を製作する能わざるも修理する位の鍛冶工を有しアイノの遅鈍なるに似す生蕃は概して活にして勇気に富めりというべし
観光団は十月

帰順蕃の内地観光は良好なる効果を齎せるも観光人員が甚だ多からざるが故に其効果を普遍的ならしるむには更に多くの観光団を渡来せしむるの要あり次の観光団は来月出発せしめ冬季沍寒の候に入るに先ち帰台する事となすべし一団の人員を増すは旅館の関係及び精密なる観光を遂げしむる上に於て不便なれば矢張五十名内外となすべく今春渡来せるヤユツ女史の如く日本化したる生蕃婦人は他に数名ありて其成績良好なるが一般帰順蕃に対する産業奨励の如きも亦効果見るべきものあり云


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