2013年6月15日 星期六

堤岸華人張振帆協助抗日

新聞記事文庫 石油(11-062)
台湾日日新報 1936.8.18(昭和11)

南方華僑に聴く

抗日から協力へ

仏印華僑張振帆氏語る


【サイゴン十七日発同盟】仏印華僑人口は支那事変前には約四十万程度あったが戦火が南支に及ぶや難を逃れて移住し来る者激増し現在では五十五万乃至六十万に及んでいるといわれる、これ等の移住民は広東省出身八十パーセント、福建省出身二〇%で主として東京地方及び交趾支那サイゴン、ショロンを中心に商業に従事する者が多い

仏印の華僑対策

仏印の華僑対策は初期においては南洋地方と同様土地の開発又は物資補給等の必要に基いて、支那からの移民を歓迎していたが、漸次其の数を増すに伴い経済的独占をおそれて次第に制限を加えるようになり、原住民に比して差別的に高率な人頭税が課せられているので、労働者階級には相当の痛手となっている、然し相続、国籍等の問題については比較的自由であるため、仏印内の華僑諸団体は相当な勢力を有し、皇軍の進駐前は有力な抗日メンバーの一つであった現在商工団体としては越南華僑総公会があり、共に仏印産業を牛耳る有力機関である、前者は各種商会たる二十数箇の公会を傘下におさめ専ら華商の利益独占を計る強力な期間であり、後者も数箇の公会をもって組織されており共に濃厚な政治的色彩を持っている、華僑が従来南方において成功している所以はこうした華僑間の保護機関たる種々の団体的結社機関を有しているためである、在仏印華僑の職業は極めて広範囲にわたり、仏印産業の凡ゆる部面に喰い入り仏人企業と先住農民との商売介在して巨利を得ていたもので、その資本力は軽視すべからざるものがある、即ち彼等の五、六割を占める商業は仏印内大都市はもちろん小色にまで入りこみ「商品は総て華僑街で」ということが通り相場となっているほどであり、団体機関を通じての仕入機構も完備している関係から手持品の豊富なことも他の追随を許さぬものがある、鉱山開発に従事する者は彼等の三割程度で、原住民の過労を嫌う怠惰性からこれ等の労働者は殆ど華僑によって占められている従来は華僑自らが資本を投下して開発に当っていたが、漸次フランス人資本に圧倒されて今ではみるべきものがない、農業は主として原住民の手によって行われ、華僑の二割が従事しているに過ぎない

精米業を独占

ショロンを中心とする精米業及び米穀の取引貿易は殆ど華僑が独占的地盤を有し、仏人ですら割りこむ余地がないほどである、精米工場の如きはショロンに六十三、その他の交趾支那に八、東京地方に六、ツーランに一の工場を有し、仏人所有は僅か三工場に過ぎない米の取引は米商、籾商、籾仲買人直接買取人の四段階にわたって巧みな独占的実権を握っており、原住農民ですら自分の手で生産した米も精米は華僑に頼らねばならない有様である、なお彼等は農民の困窮を利用して青田貸付をなし農民から強制買上げを行ってきたが最近仏印当局では青田売買を禁止するに至った、また貿易方面においては従来仏印と東洋諸地方との貿易は主として華僑が経営し仏本国との貿易は仏人が独占していたが、今次戦争による海上不安に欧洲貿易は全く杜絶し、現在では仏印内必需物資の殆ど全部が日本又は支那に依存しなければならなくなり、従って仏印為替当局では最近対支為替相場を旧法幣建より□備券建に変更し、上海、南支方面との貿易回復に期待をかけている

華僑の街ショロン

南方華僑の代表的都市ショロンに一歩足を踏み入れると彼等の生態の全貌を知ることが出来る、人口約二十万を擁する純然たる華僑街ショロンは特殊な自治制により構成され、南部仏印における経済活動の中心都市で交趾支那及びカンボジヤに産出する籾は殆ど此処に集まり、ここの精米工場で精白しサイゴンから輸出されており、バンコック、ラングーンと共に世界三大米穀市場の一つである、この曾ての抗日策源地ショロンもいまはすっかり明朗な表情をとり戻し事あるごとに日章旗と反蒋和平の新中国旗が掲げられ親日色は甦っている、在仏印五十万華僑を率いて反蒋和平の旗□を明かにした在仏印華僑の巨頭張振帆氏をショロンの南僑倶楽部に訪ねる福建省出身で三十七歳の青年である、曾つては重慶参政員でもあったが、いまは翻然として反蒋和平陣に投じ熱烈なる決意を眉宇に浮べながら語る
私が汪国民政府側に立とうと決意したのは余程以前からでしたが四囲の情勢がこれを許さなかったので、最近は専ら澳門方面にいて情勢を見まもっていたところ、日本軍の仏印進駐により抗日華僑も姿を消し仏印軍当局の対華僑態度も全然変って来ました、私は参政員ではありましたが重慶の政治に一度も参画したことがなく参政員という名も空手形に過ぎなかったのです。昨年十二月大東亜戦争の勃発により日本が南方において大□を博したのを聞き絶好の機会だと思い在仏印五十万華僑を糾合しまて□主席擁護の通電を発しした現在国民政府に対しては連絡の不十分から送金等の具体的援助を行う事は出来ないが、早く連絡をとって援助運動に乗り出したいと思っています。幸に私は精米工場三つをも有し、また貿易業を兼ねているので一日も早く海上交通が復活し、日本並に新中国側との貿易に当りたいと思っています。現在我々の最も望んでいることはフランス並に仏印が早く国民政府を承認してくれることです。我々はこうして国民政府支持を声明していますが仏当局が承認していないので積極的な運動もやり難い状態であります、然し今回の声明等について仏印当局は何等の干渉もなさず、むしろ好意的態度すら窺われました、南方華僑の糾合等についてはまだ考えていませんが、南方華僑が一丸となって対日協力に、汪主席擁護に挺身する日も遠くはないであろう


データ作成:2002.6 神戸大学附属図書館
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/DetailView.jsp?LANG=JA&METAID=00109564&AID=06

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